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Rehapoli Evidence Review. 04: 社会保障財政と機能訓練(1)

高齢化の進展に伴い、認知症あるいはフレイル - 身体的虚弱 - を患う人々を支えていくための社会的・経済的コストは急速に膨張していくことが予測されています。
 
 例えば、東京大学の橋本英樹教授は、マイクロシミュレーションの結果をもとに、以下のような将来予測を示しています。

60歳以上の高齢者を対象とした医療及び公的介護サービスのコスト予測
  • 教育水準の向上等を背景とし、リスク要因が減少することにより、認知症の患者数は2016年の約510万人から2043年にはおよそ465万人にまで減少

  • 認知症については、2016年より2043年にかけて、男女ともに60歳から95歳までの有病率が低下する一方、100歳前後の高年齢層において有病率が上昇

  • フレイルについては、2016年から2043年にかけ、75歳以上の高齢者の有症率が1.3倍に上昇、有症状者はおよそ413万人から524万人にまで増加

  • 60歳以上の高齢者への医療・介護による経済的負担は、2016年の3230億ドルから2043年には3610億ドル(39兆7100億円:2016年6月レート)に12%増加

  • 特にフレイル有症者への医療・介護費は一貫して伸び続け、2043年までにおよそ25%増加し、約970億ドル(10兆6700億円:同上)に達すると推計

 この研究では、社会的な背景の異なる人々の間の「健康格差」がもたらす社会経済的な負担についても指摘がされています。

 認知症とフレイルの有病率には学歴、そして性別による格差が存在します。この研究では、将来、この格差が拡大していく可能性が指摘されています。

 例えば、2043年の推計値を見ると、① 75歳以上であり ② 大卒以上の学位を有する女性に関しては、認知症とフレイルの両方を患う人の割合が約7%にとどまるものと予測されている一方で、同じ年齢層でも高等教育を受ける機会を得られなかった女性に関しては、認知症とフレイルの双方に直面する人がおよそ29%に達する可能性があると試算されています。

 さらに、大卒以上の学位を有する女性と比べ、高校卒業等の学歴を持たない女性の場合、介護費が2倍以上に達する可能性があるとの指摘もされています。
 
 結論として、この研究のマイクロシミュレーションの結果に基づくならば、歓迎すべき変化として、近い将来、認知症の有病期間は短くなる可能性があります。
 
 一方で、男女ともにフレイルの有症率は上昇し、その支援のための医療・介護に関わる経済的コストは約25%増加、およそ970億ドル(10兆6700億円)に達する可能性があります。

 これらの結果を踏まえて、論文の著者は認知症やフレイルへの対応に要する社会・経済的な負担を軽減する観点から、以下のような見解を示しています。

  • 定期的な運動(Regular Exercise) および社会心理的な支援(Psychosocial Support)により、フレイルの進行を抑制できる可能性があること

  • フレイルなどの症状を抱え、身体機能の低下が見られる人々に社会参加等の機会を提供できる環境づくりのための「投資」が極めて重要であること

  • 例えば、高等教育を受ける機会を得ることが叶わなかった高齢の女性など、その属性において統計上、明確に認知症やフレイルのリスクが高いと判断されるグループに対しては、個別の政策による支援が重要となること

  • 認知症やフレイルにより生じる社会経済的コストの増大は、治療開発などのイノベーションのみならず、「健康格差(Health Gap)」を是正する社会政策によって緩和されることが強く期待されること

 今回のシミュレーションは、今後20年間の介護政策において、① 全国の高齢者に適切な機能訓練(運動療法)と社会参加の機会が提供される環境を築くこと、② 統計上、特にリスクが高いと見られる一部の高齢者に対しては、健康増進に向けた重点的な支援を実施すること、そしてこれらの措置を講じることで、社会保障費の膨張を抑制しつつ、健康寿命の延伸を実現できる可能性があることを示唆していると言えるでしょう。

 臨床医としての経験も踏まえながら、医療経済学の観点から、介護予防・健康増進に関わる政策研究に取り組むカリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部の津川 友介 准教授はこの研究結果について、「日本の医療および介護の状況に関して精緻なデータを用いて予測した重要な研究結果である。こういった予測を元に、予防可能な医療介護費を同定するとともに、政策立案者は必要な財源を検討する必要がある。」と指摘しています。

参考文献:

監修:津川 友介(カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部 准教授, MD・Ph.D)
執筆:河原田 里果(理学療法士)・村田 章吾(社会福祉士)


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