父の死に思う当事者目線。鎌倉市長が目指す75歳を超えても元気でいられる町
高齢化が進む鎌倉市の今泉台地域で今、日本初となる取り組みが行われている。プロジェクト名は「鎌倉リビングラボ(Living Lab)」。住民が主体となり、生活を豊かにするサービスやモノを生みだし、あるいは改善していく試みだ。今泉台地域では、企業が商品やサービスの開発を行うプロセスの初期段階に住民が参加し、大学、行政などとアイディアを持ち寄って、具体的なサービスを実際に育てている。世界では、欧州を中心に約400カ所でリビングラボが展開されている。
高齢化に加え、駅からのアクセスが悪い今泉台地域を「若者にも魅力のある街にしたい!」という想いから取り組みは始まった。
年齢や立場に関係なく、誰もが楽しみながら活躍のできる場の創出を目標とする鎌倉リビングラボを開始したのは松尾 崇 鎌倉市長。ご自身の原体験なども交えて、プロジェクトへの想いや評価を聞いた。
(聞き手は Rehapoli編集長、村田)
■ 父親の介護で感じた「当事者目線」の大切さ
- 最近、お父様を亡くされたと伺いました。
今年(2022年)の5月に亡くなりました。父は長い間、糖尿病と闘っていましたが、コロナ禍で入院になり、数カ月間、まったく会えない中、『かなり危険な状況になっている』と、看護師さんから病院内での父の様子を教えていただき、父には介護施設に移ってもらうことにしました。家族と話し合って、最後まで会えない事態だけは避けようとなったのです。施設の方々はやせ細った父を献身的に支えてくれました。父もすでに喋れなくなってしまっていて、目で合図するだけだったのですが、退院できて家族に会えて嬉しそうでした。その後1週間ほどで息を引き取ったのですが、家族みんなで看取ることができて、本当に良かったと思っています。
- お父様が最後の日々、「嬉しそうだった」という言葉が印象的です。
最後に入居した施設は、「とにかく、お父さんが好きなことを好きなだけやらせてあげる」という姿勢で介護をしてくれました。実はこれまでは「甘いものを食べたい」といった簡単な希望ですら、周囲が心配のあまり止めてしまっていたのです。でも、最後は本人が食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、日々を過ごすことができました。家族として、もう少し早く、そうした方が良かったかなと、少し後悔しています。
- 介護施設の皆さんのご尽力が、お父様の笑顔を生んだ、と。
病院の方々にもお世話になりました。父が闘病中、骨折で入院をしたことがあるのですが、そこのリハビリテーションがとても楽しかったようです。父と気の合う作業療法士の先生がいて、一生懸命、リハビリに取り組んでいたそうです。その時には、元気になって帰ってきました。
■ デンマークの行政から学ぶ「当事者目線」
- デンマークの政策に関心をお持ちだと聞きました。
医療や介護施設の関係者の皆さんと一緒に、デンマークに視察に行ったことがあります。デンマークの文化もあると思いますが、とにかく「当事者目線」、「当事者がどう感じているか」ということを非常に重視しています。日本はどうしても、提供する側の論理で物事を作っていく傾向が強いため、そこにミスマッチが生じることが多いよな、と感じましたね。先ほどの父の話ではありませんが、本人が「本当にそれをやりたいと思っているか」、「必要としているか」という視点で政策を考えないといけないと思いました。
- どのような点に、「当事者目線」を強く感じたのでしょうか。
デンマークの行政機関を訪ねた際に、どの職員も必ず「最初に私達はこれだけ市民の声を聞いてます」といったことを繰り返し、説明してくれるのです。「この政策を考えるにあたって、これだけの市民を集めて、何回説明会を開きました」とか、そこを強調します。どこの行政機関を訪ねても、その点が一貫しているのです。日本社会の課題の一つとして、引きこもりや不登校が増えていることがありますが、日本社会は「その人が何をしたいか」ではなく、「社会にあなたが合わせなさい」という空気が強いです。これは何とか変えたい、と強く思いましたね。
- 鎌倉市では、デンマークのフォルケホイスコーレ(成人学校)をモデルとした取組を展開されていると伺いました。
帰国後はデンマークをモデルに、引きこもりの状態になっている20代、30代以上の人たちを対象としたプログラムを始めました。10数名が参加して、焚き火をしながら対話を繰り返す。「自分は何がやりたかったんだっけ」といったことを、お互いに話すのです。最初は皆ガチガチに緊張して、お互いに壁を作っていたようですが、6日間のプラグラムを終えたらすごく仲良くなっていました。このプログラムを終えた人たちが、ラジオ体操イベントを企画したりして、活発に活動しています。
■ 鎌倉リビングラボの設立、「75歳を超えた市民が元気でいられる町へ」
- 鎌倉市では東京大学などと連携して、民間企業の商品企画に協力する住民参加型のリビングラボを立ち上げました。日本初の試みと聞きます。その背景を教えてください。
市長になってすぐ、市民の方が東京大学高齢社会総合研究機構特任教授だった秋山弘子先生を紹介して下さったのです。秋山先生はジェロントロジー(老年学)の第一人者で、鎌倉市にお住まいでした。お話をしたら非常に興味深くて、感銘を受けました。
データをもとにお話をされていたのですが、日本の男性は75歳を過ぎたあたりから弱っていく方と引き続き自立されるかたと大きく2つに分かれると。「75歳からが大事だ」と言われたのが今でも印象に残っています。
高齢社会を乗り切れるかどうかは、75歳以降もみんなが元気でいられるかどうかにかかっている。そこを市長として頑張ろうと思いました。
- 秋山先生との会話がリビングラボをつくるきっかけになった、ということですね。
鎌倉市の「今泉台」という地域の高齢化率が約45%と高くなっていたので、そこに「リビングラボ」を作ろう、というお話になりました。今泉台は民間企業で活躍してこられた方々がたくさん住んでいらっしゃるという地域特性があります。秋山先生がそうした点も踏まえて、リビングラボに楽しんで参加してもらえる住民が多いのではないか、と提案されました。
- 住民の方々は最初から関心を持って、積極的に参加されていたのでしょうか。
最初に今泉台で説明をした際は、住民から「行政がどれだけ関与してくれるのか」という質問がたくさん寄せられました。
そのとき、住民の方々と何度もお話をして、時に説得をして下さったのは、秋山先生です。「行政にできるだけ頼らず、住民が中心になってやっていきましょう。今はそういう時代です」と住民の皆さんに声をかけられていました。
- 秋山先生の声に呼応して、参加してくれた住民の方々が出てきたと。
呼応してくれた市民の方々がNPOを立ち上げ、「鎌倉リビングラボ」を東京大学と一緒に進めてくれたのです。企業も次々と製品開発のテーマを持ち込んでくれました。事務用品を手掛けるイトーキさんは「在宅ワークで使うデスクの開発」というテーマを提案してくれて、みんなで出したアイデアが実際に「ONOFF(オノフ)」という製品として発売されることになったのです。他にも、「薬のパッケージデザインはどれが良いか」といった、様々な開発課題がリビングラボに寄せられています。3年近くにわたって、住民のみなさんで議論をして、アイデアを出す、という活動が続けられています。
- 新しい取り組みが住民に浸透するには時間がかかります。鎌倉リビングラボはどのように参加者を募っているのでしょうか。
今泉台は約2100世帯あるので、隅々までみんながリビングラボに参加しているわけではありません。関心の高い住民のみなさんから評価されている、というのが現状です。
企業から依頼が来る度に、有償ボランティアを募って活動しています。固定メンバーや、都合のつくタイミングで参加されているメンバーなど様々です。
- リビングラボが地域の高齢者の方々に与えたインパクトについては、どのように評価していらっしゃいますか。
鎌倉リビングラボ自体の活動はもちろん、地域に新しい動きが次々と生まれている点が素晴らしいです。すごく良い流れだな、と思っています。「高齢者は住み慣れた地域でも移動が大変」という課題に関心を持ち、交通対策を考える勉強会を立ち上げたメンバーもいます。市長にヒアリングがしたい、ということで私のところにもお越しになりました。
- テクノロジーを活用して社会課題に取り組むスタートアップも増えています。鎌倉市に何か相談したいスタートアップは、どちらに相談すべきでしょう。
私に直接「こういうサービスがあります」とか、「こういうことができます」というルートが一つあります。
もう一つは、鎌倉市の「政策創造課」にご相談いただくことです。ここは民間の皆さんから色々な提案を受け、それを形にしていくということを業務にしている部署です。スマートシティという切り口で勉強会も開催していて、ここには民間企業のみなさんも参加できます。実際に参加されている企業の方から、いろいろな提案をいただいています。
- 長く高齢者の方々に元気でいていただきたい。そのための「介護イノベーション」を起こしていく上で地方自治体が果たすべき役割については、どのようにお考えになりますか。
地方自治体の役割は、やはり小回りが利くので、いろいろなことにチャレンジできる、というところにあります。
企業でも、大学でも「こういう政策が有効なのでは?」というお話をいただいたときに、すぐに住民のみなさんと一緒に取り組んで、やってみるという、そういうところが大事な役割ではないでしょうか。
もし鎌倉での試みが上手くいけば、ほかの地域に横展開していくこともきっとできるはずです。そういうモデルづくりに繋げていきたいです。
(編集協力=藤原昇平)