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日本のリハビリテーション業界を牽引する参議院議員 小川克巳、理学療法士歴50年の男が描く日本の介護リハビリテーションの未来とは

科学的介護や自立支援介護を筆頭に、絶え間なく変化する介護業界において、国民の「健康寿命」の延伸を図るためには、「エビデンスに基づく自立支援介護」の確立と普及は極めて重要と考えられている。リハビリテーションや介護はその変化に対応する力が求められている中で、私たちがどのように考え、行動すべきかについて小川氏に伺った。
取材・文:大久保亮
撮影 : 佐藤雄治

——まず小川先生がリハビリテーション専門職を志したきっかけについて教えてください。

小川氏 私が「リハビリテーション」の道を歩むきっかけは、私の母の影響でした。私の母は体が弱く、何とかしてあげたいという気持ちで、当時高校生の私は医学部を志しておりました。しかしながら、当時の経済状況はそれを許さず、様々な制約や葛藤のなかで新たに見い出した「リハビリテーション」の道を歩むことになりました。
 理学療法士として、はじめの7年は臨床現場、その後33年間は教員として、理学療法士の育成に努めてまいりました。

——教育現場から政治の世界に転換する背景には、どのようなものがあったのでしょうか。

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小川氏 学校は公共の場ですので、士会活動の拠点になることが多く、私自身も熊本県理学療法士協会の会長等を歴任して参りました。その協会活動の過程のなかで、医師会を頂点したヒエラルキーや厚生労働省との渉外活動の中で、新興の専門職種として、当時不当に軽い扱いを受けることも多くありました。非常に悔しい思い、情けない思いや体験を数多くしました。その度に私は心の中で、理学療法士の仲間が馬鹿にされない組織をつくり、そしてリハビリテーション全体の質をあげていくことを心に決めたのです。そこから私は「外」との関係性の中で、「内」を考えるようになっていきました。
 政治への関わりは今から15年ほど前の平成18年度の診療報酬改定で、リハビリテーションの診療点数が大幅ダウンしたことが直接のきっかけです。理学療法士として目下の難局からさらに長期的なスパンで、行政だけでなく、政治にも関わる必要性を強く感じておりました。そんな中で、半田さん(日本理学療法士連盟会長)からの推薦もあり、政治の道を真剣に考えるようになりました。彼からは「仮に落選しても君が1番失うものがないから」と言われておりました(笑)。
 長年、医療の世界にどっぷり浸かってきた人間が、「政界」という知らない世界に飛び込み、「本当にできるのか?」と何度も自分に問いました。しかし、やりたいという気持ちよりも、やらなきゃという使命感が私を後押ししたのです。

——理学療法士の職能団体を率いて、周りには高い視座をもつ友人が多くいたという。小川氏の話を聞いていると2つのキーワードが上がってきた。「対象領域」と「質」である。超高齢社会におけるリハビリテーションの役割について話を伺いたい。

小川氏 リハビリテーションの職種の中でも、言語聴覚士はちょっと違うと思っていて、彼らのケイパビリティは専門性が明確です。しかし、理学療法士と作業療法士は ばくとした定義の中で生きている部分があります。例えば、人が命を授かったその瞬間に母子の体にもリハビリテーションは必要であり、人の人生が終わりに近づき棺桶に入るその瞬間までサポートできるのがリハビリテーションの役割だと考えています。そして、何より障がいの有無に関わらずサポートできることは、他の専門職にはない強みです。このように専門性の対象領域を広げようと思えば、どんどん広がる。
 しかしながら、社会ニーズに合わせてリハビリテーションの対象領域を捉えていくとそれらをカバーできる質をどう担保していくかが論点になってきます。与えられた世界の中で、個々の領域をリハビリテーションがカバーし続けるためには、国民の理解を得なければならない。そのためのバックボーンとして教育課程と国民からの賛同を得られるエビデンスが今後重要になってくるのです。そのために、私は養成課程を現在の3年制から4年制にしてライセンス取得し、ライセンスを持った上で臨床研修を1、2年という仕組みにしたほうが良いと考えています。

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——対象領域を広げていく場合に、理学療法士や作業療法士の開業権について聞きたい読者もいるだろう。小川先生はどのようにお考えでしょうか。

小川氏 開業権をどのように捉えるかで違ってくるが、医師の指示の要件である診療の補助にあたる行為、例えば、理学療法であれば物理療法、作業療法であれば精神科の一部領域がそれにあたります。急性期病院や回復期病院によって異なる部分はありますが、生活指導や運動療法などは診療の補助にあたらないとされています。特に地域に近ければ近いほど、診療の補助に該当しない行為が増えてくる。そこに殊更 ことさら開業権の必要性などを絡めて議論する必要はないと思っています。医療として、我々のリハビリテーション技術を提供する場合は医師の指示が必要になり、そうでない場合は、提供する場所が違うので、開業権云々 うんぬんではなく、ただ起業するということだけの話だと思っています。

——提供する場所という観点では、オンラインリハビリやオンライン介護が世界のスタンダードになりつつあります。日本における普及の可能性についていかが思いますか。

小川氏 必須だと思っています。医師の遠隔医療と同じで少しずつ厚労省とも議論しています。コロナ以前から中山間地域などの僻地 へきちのリハビリテーションをどのように行っていくのか議論していました。様々なニーズが変化する時代で、これからしっかりと議論をすすめていきたいと考えています。

——ここからは、介護領域について深掘りして話をお伺いしたいと思います。まずはじめに、科学的介護が業界キーワードになっていますが、どのような課題をもたれていますか。

小川氏 私は3年前からデータヘルス特命委員会で、塩崎先生(元厚生労働大臣)と一緒に科学的介護について取り組んできました。しかしながら、現場の状況/実態と行政がやろうとしていることのミスマッチが起こっているように感じます。これはインフラ問題や教育問題もあろうかと思います。この差分を埋めていくことにリハビリテーション専門職の役割を期待しています。
大久保 昨年、自民党のデジタル・ニッポン・アンリミテッド2021では、要介護認定やケア記録等の介護データ、プラットフォームを整備すること、この文言に集約されていると思いました。また、テクノロジーの積極的な活用を促すことで、これまで可視化されていなかった介護を、どんどん可視化していく。そしてエビデンスを創り上げていく。現場においてもデータを取得することの目的は、最終的には要介護者の生活の質に最終的には収斂化していくのだと思います。

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——その上で、小川先生は介護の質をどのように考え、どのようなモノサシが必要だと考えますか。

小川氏 評価指標はやはり「バーセルインデックス(ADL)」だと思います。今のところは他にない。理学療法士協会の中でも専門性が打ち出せる評価尺度を検討しましたが、それを周知して他の専門職に使ってもらうには、あまりにもコストがかかり過ぎると判断しました。
大久保 新しい評価尺度をつくることには時間がかかる。時代の変化はイノベーションを待ってくれないというのが現実。だとするならば、今あるものをいかに活用しながら、要介護者の生活をより良くしていく観点が重要だと理解しました。

——介護領域にはLIFEをはじめ様々な課題がありますが、一定の期間を経てデータやエビデンスが取れた、その先をどのようにお考えですか。

小川氏 科学的介護を進める上では「標準化」が重要です。標準化ができないとエビデンスはできないと思います。介護領域は人対人の関わりの中で生きていますが、属人的なスキルをデータ化し、集合知化していく。ここはだいぶできてきたと思います。御社もそうですよね。
ただ、その先が重要です。
 その対象者の生き方や信念、人生における色付けをどうサポートするかが重要な時代が来ると思います。それは標準化のその先の「個別化」に突入することでもあります。そこまでいって、対象者の満足度が高ければ成功なんだと思います。

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大久保 介護保険はどこまでサポートするべきなのでしょうか。
小川氏 保険制度には財源に限りがあります。最低限以上のサポートを受けるには、個人負担ということになると思います。それを支えるために、民間保険の重要性は益々高まると考えていますし、対象者にとって様々な選択肢を持てることが何よりも重要だと考えています。

——未来軸から現在軸に課題認識を戻します。現在の介護保険は高齢者が元気になると、事業所の売上が下がる。これについてどうお考えでしょうか。

小川氏 この問題は昔からの大きなジレンマです。行政も、課題認識をしています。今はわずかながらADL維持等加算で多少のインセンティブをつけたという状況なのですが、これをしっかり進めていくためのLIFEであり、エビデンスです。エビデンスがないとこれ以上は進みません。
 さらに言うと、LIFEの目的は最終的には個人が対象なのですが、通過ステップとして〈介護事業所の評価〉が入っていることを事業所は正しく理解しておくべきだと思います。
大久保 LIFEができたときに制度の持続可能性を踏まえた上で、国は事業所評価を進めているのだろうと思っていました。
 一方で、2024年に医療介護同時改定があります。科学的介護を強力に推進するデッドラインはいつまでなのでしょうか。
小川氏 2025年が目処です。正直2025年以降になっていくと、もう遅い。それまでに社会実装されなければ、すべてが後手に回るだろうと考えています。
大久保 私は医療介護の現場を経験しましたが、LIFE構築には塩崎先生や小川先生、厚労省の方が未来の介護や持続可能性を考えた上で、なんとか形にしたのだろうと考えています。

——これからのリハビリテーションに必要なこと

小川氏 さまざまな方と議論していると、リハビリテーションのグローバル展開を期待されることが多くなってきました。高齢者先進国である日本が本気でグローバルで戦うためには、人の教育が何よりも重要です。イノベーションを起こすのも人。人にしっかり投資し、種をくことが未来投資だと私は考えています。アジアにおいてもリハ専門職の養成は殆ど大学教育で行われています。その点だけでも日本は後れていると言えます。
 もう一点、皆さんにお伝えしたいことがあります。「リハビリテーション」と「理学療法/作業療法/言語聴覚」は違うカテゴリーだと考えています。リハビリテーションは哲学であり、フィロソフィーだと考えています。一方で「理学療法/作業療法/言語聴覚」は治療科学であり、サイエンスです。その上で、フィロソフィーとサイエンスを掛け合わせて、アートにしていく。それぞれを峻別し、話をしていくことが重要だと考えています。
 というのも、行政が語るリハビリテーションの意味と医師が話すリハビリテーションの意味、介護のなかで語られるリハビリテーションの意味がそれぞれ違うことに気がつきます。意外と話が通じているようで、通じていないと感じることがあるのです。曖昧さが残るように伝えた方がいい場合と、もっと限定的に間違いがないように伝えていくいことを意識して使い分けていくことが今後重要です。
大久保 リハビリテーションの歴史の中で、「リハビリテーションとは何か?」という時代がありました。そこから社会が変化していくなかで、様々な方とのコンセンサスやレイヤーの切り方、考えていく必要があると改めて理解しました。
小川氏 日本と欧米のリハビリテーションの文化は大きく異なります。欧米で生まれたリハビリテーションを日本の土壌に移植し、日本文化に合うようにアレンジしてきた歴史があります。ですから、日本型の文化と欧米型の文化を正しく理解する必要があります。ここを正しく理解していくことで、先程の話であった「標準化」からの「個別化」が正しく理解できるようになるでしょう。
 そこが心であり、人間の思考の奥深さが生まれます。それこそがリハビリテーション専門職に求められているものなのです。
大久保 人がどう生きていきたいのか、どう暮らしていきたいのか。歳を取っても、障がいがあっても、心と生活にどのように向き合っていくかが重要であり、医療軸のエビデンスだけでなく、暮らしや生活を背景としたエビデンスをつくることが重要だと改めて理解させていただきました。
お忙しいところ、貴重なお時間ありがとうございました!

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