Rehapoli Evidence Review. 02: 機能訓練による認知症予防(1)
長く人生を楽しみ、年を重ねれば重ねるほど、認知症と向き合わなければならない可能性が高まっていく現実を、データは物語っています。
現在、65歳以上の約16%が認知症であると推計されていますが、80歳代の後半になると男性の35%、女性の44%、95歳を過ぎると男性の51%、女性では84%が認知症と共に生きることを余儀なくされている現状が明らかにされています。
オックスフォード大学のSarah Lamb 等の研究では、軽度から中等度の認知症患者を対象に、通常のケアに加えて、継続的な運動プログラムへの参加が認知機能や身体機能に与える影響を検証するための2グループの比較試験(RCT)が行われました。494名の参加者のうち、329名が「運動グループ」、165名が「通常ケアグループ」に分けられました。
通常ケアグループには、イギリスの診療ガイドラインに則った通常のケア -介護者・家族へのカウンセリング、診察・診療、身体活動へのアドバイス- が提供されました。
運動グループには、通常のケアに加えて、週2回、4か月間に渡り、理学療法士らの指導の下、有酸素運動(25分の自転車エルゴメーター)と筋力トレーニング、週1時間のホームエクササイズにより構成される運動プログラムへの参加が求められました。さらに5か月目以降は、より高い頻度での自宅での運動が促され、運動継続のための動機付けやモニタリングが行われました。
研究チームは、比較試験のスタートから半年後と一年後の「認知機能」や「身体機能」、「生活の質」を2つのグループ間で比較しました。
その結果、「運動グループ」では身体機能の向上は確認されたものの、認知機能の改善は確認されませんでした。「運動グループ」も「通常ケアグループ」も、いずれのグループも認知機能は同様に低下していたのです。
この研究により、認知症患者の運動プログラムへの参加は、患者の身体機能の改善をもたらすことが明らかになりました。
しかし、残念ながら、記憶力や言語能力などの「認知機能」を改善する効果、機能の低下を防ぐ効果は確認されませんでした。
過去の研究から、「認知症ではない」人々が運動を行うことは、認知機能の低下を防止すると考えられています。
フィンランドの国立健康福祉研究所で行われた研究によれば、運動、食事療法、脳トレーニング、脳血管疾患リスクの管理を行った高齢者には、認知機能の大幅な改善が確認されました。
一方、「認知症をすでに患っている」患者への運動療法の効果については、現時点、研究者の間でも一致した見解が得られておりません。
以上のエビデンスを踏まえるなら、認知症の前段階と呼ばれる「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」の可能性のある高齢者等に対して、積極的に機能訓練を含めた身体活動の機会を提供し、認知症の「発症予防」に力を入れることが、極めて重要であると言えるでしょう。
リハビリテーション領域の介護研究に取り組む静岡社会健康医学大学院大学の藤本 修平 准教授はこの研究について、「本研究は運動プログラムの認知機能に対する有効性を検証したものだが、この研究のみの結論としては、その効果は限局的であることがわかった。この研究と類似した研究内容で『認知機能に運動は有効』というメッセージはよく耳にされるかもしれない。一つの論文から言えることは少ないことを前提に、1)どのような認知機能であるか、2)認知機能の程度、3)“有効”の指標/基準は何か、といったもう一歩先に踏み込んだ具体的な解釈を経ることで、より有効性の意義を考察するきっかけになる。研究が進むことで、さらに議論が深まることが期待される」と述べ、さらなるエビデンスの蓄積の重要性について指摘しています。
参考文献
・ 東京都健康長寿医療センター研究所 Webサイト
・ Dementia And Physical Activity (DAPA) trial of moderate to high intensity exercise training for people with dementia: randomised controlled trial, BMJ 2018
・ Sofi F, Valecchi D, Bacci D, Abbate R, Gensini GF, Casini A, Macchi C. Physical activity and risk of cognitive decline: a meta-analysis of prospective studies. J Intern Med. 2011 Jan
・ フィンランド国立健康福祉研究所(THL)Webサイト
監修:藤本修平(静岡社会健康医学大学院大学 准教授・理学療法士) 執筆:山田莞爾(理学療法士)・村田章吾(社会福祉士)