Rehapoli Evidence Review. 03: オンライン介護、その効果を探る(1)
オンライン介護という選択 -「要介護者1000万人時代」を視野に -
今、介護の世界においてもオンライン化の動きが加速しています。
例えば、フィンランドのヘルシンキ市では、高齢者への服薬指導や体調不良時の相談、食事会や運動プログラム等がオンラインにより提供される遠隔介護サービスが導入されており、850名あまりの方々が利用しているとされています。この他、ヘルシンキでは電話により体調不良時の相談等を行うサービスも併せて実施しており、遠隔介護の取組に力を入れています。これらの取組は介護の効率化にも結びつき、2019年にはおよそ990万ユーロ(約12億円)のコスト削減に寄与したと試算されています。
日本では、すでに人口に占める65歳以上の人々の割合が29%を超え、3,640万人に達しています(2021年9月時点)。もし「健康寿命の延伸」を実現できなければ、2035年には要介護者1000万人の時代を迎え、介護人材の需給ギャップはおよそ68万人規模にまで拡大する可能性が懸念されています。
その結果、介護サービスを受けたくとも受けられない、利用したくとも利用できない、数多くの「介護難民」が発生する可能性も指摘されています。
そのような事態を防ぐため、効率的で、質の高い介護サービスを高齢者の皆さまに提供する - その手法の一つとして期待をされているのが「オンライン介護」です。
Rehapoli Evidence Review では、世界各国で行われている「オンライン介護」の効果、アウトカムに関する研究の結果を紹介して参ります。
なお、Rehapoli Evidence Review においてはリハビリテーションのアウトカム(効果)についてもテーマとして取り上げますが、これは基本として「生活期リハビリテーション」- 「心身機能」「活動」「参加」のそれぞれの要素に働きかけていく取組 - を対象として想定するものとなります。
研究:アジアにおけるオンラインリハビリテーションとその効果
今回、取り上げる論文では、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の齋藤等が、アジア諸国の高齢者を対象にオンライン(遠隔)リハビリテーションの身体・運動機能に与える影響を検証しています。
過去の多くの研究により得られたエビデンスを整理する文献レビュー(システマティックレビュー)という手法によって行われたリサーチの結果は、オンライン(遠隔)によるリハビリテーションが、対面のリハビリと同程度あるいはそれ以上の身体機能の改善効果を持つことを示唆するものでした。
この研究では、医学文献のデータベースから、身体機能に対するオンライン(遠隔)リハビリテーションの効果を調査した過去の論文の中で、以下の条件に適合する6本の論文の結果を整理、比較しました。
・ アジア諸国の60歳以上の高齢者を研究対象としていること
・ 在宅で行うオンライン(遠隔)リハビリテーションによる介入を行っていること
・ 従来の対面型のリハビリテーションとの比較を行っていること
なお、これら6本の論文は全て中国または韓国で行われた研究に基づくものでした。オンライン(遠隔)リハビリテーションの内容は筋力トレーニングや有酸素運動など、それぞれの研究により様々でした。
これら6本の論文のうち5本の研究結果が、オンライン(遠隔)リハビリテーションによる筋力や歩行速度などの運動機能の改善を認め、対面のリハビリテーションと同等またはそれ以上の効果であったことを報告するものでした。
一方で、「オンラインのリハビリテーションプログラムは、途中でやめてしまう高齢者も多いのではないか?」という懸念を持つ向きもあります。
この点について、これら6本の論文におけるオンラインリハビリテーションの完遂率(最後まで続けた方々の割合)は平均81%に達しており、従来から行われている対面型の完遂率(平均86%)との差は5ポイントという結果でした。
ただし、今回レビューの対象とした6本の論文は、参加者の主観から生じるバイアスを排除するための措置(いわゆる「盲検化」)が不十分であること等、結果に偏りが生じる可能性があるとする判断がなされており、この点には留意を要します。
オンラインリハビリテーションの効果については、引き続き、検証を要するところがありますが、この文献レビューの結果は、アジア諸国の高齢者の身体機能の維持・改善のためには、オンラインによるリハビリテーションが有効な手段の一つとなる可能性を示唆するものと言えるでしょう。
Batsis等がヨーロッパ各国の研究を対象に行った文献レビューにおいても、オンラインリハビリテーションによって高齢者の身体機能の改善が認められる結果が確認されており、オンラインによるリハビリテーションが高齢者に対して有用なヘルスサービスであることが指摘されています。
感染症と高齢化 - オンライン介護の可能性を考える -
国立長寿医療研究センターは、2020年5月、高齢者1000名を対象としたインターネット調査の結果をもとに、新型コロナウィルス感染症の感染拡大を受けて、多くの高齢者が外出を自粛するようになった結果、高齢者の身体活動量がおよそ3割も減少したことを明らかにするとともに、「新型コロナウイルス感染症の収束後に『要介護高齢者が増加』してしまう」可能性を指摘、高齢者に対して「テレビやインターネットを通じて、『屋内での運動』『自宅周辺でのウォ―キング』を呼び掛けていく必要がある」と警鐘を鳴らしました。
冒頭において触れた通り、日本では介護の担い手不足の深刻化が懸念され、いわゆる「介護難民」発生の可能性も指摘されています。これに加えて、新型コロナウィルス感染症の感染拡大により、パンデミック下における持続可能な介護のあり方が、かつてなく問われるようになりました。
オンライン・遠隔による介護サービスの提供は、これら「介護人材の不足」や「感染症リスク」への対策の柱となり得る方策であることから、さらなる研究の進展とエビデンスの蓄積が期待されます。また、高齢者のオンラインツールの利用に関わる課題の解消も求められるでしょう。
東京慈恵会医科大学の山田 尚基 講師(日本リハビリテーション医学会専門医・指導医)はオンラインリハビリテーションの普及に期待感を示しつつ、社会実装に際しての課題としてサービスの提供方法に起因する制約を挙げ、「誰もがオンラインでのサービスにアクセスできるわけではなく、すでになんらかの障害や、認知症といった疾患によりサービスにアクセスできない方々もいる」と述べるとともに、「安全性をどのように確保するのかも大きな問題。仮に独居の高齢者が転倒し、起き上がれないような事態が発生した場合でも、親類や近所の方々の登録などにより、利用者を支えるサービス提供体制をつくることが何より大切」と、安全性を確保する措置の重要性を指摘されています。エビデンスの蓄積とともに、これらの制約や課題の解消に寄与する、新たなサービスデザインやテクノロジー開発が期待されます。
参考文献
・ Takashi Saito and Kazuhiro P. Izawa, Effectiveness and feasibility of home-based telerehabilitation for community-dwelling elderly people in Southeast Asian countries and regions: a systematic review, 2021
・ 齋藤香里「ヘルシンキ市における遠隔介護の現状」CUC VIEW & VISION, 2020
・ 国立長寿医療研究センター Webサイト
・ 厚生労働省老健局老人保健課,「介護保険事業(支援)計画における要介護者等に対するリハビリテーションサービス提供体制の構築に関する手引き」, 2020
監修:山田 尚基(東京慈恵会医科大学附属第三病院リハビリテーション医学講座 講師)
執筆:松田直佳(理学療法士)・村田章吾(社会福祉士)