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識者に訊く- なぜ、日本の介護DXは進まないのか。

 2022年の年の瀬が押し迫るなか、厚生労働省社会保障審議会において「介護保険制度の見直しに関する意見」がとりまとめられた。ケアプラン作成におけるAIの活用について、その実用化に向けた研究を進めていく方針を明記した。
 厚生労働省によるケアプラン作成支援AIの研究に当初より深く関与してきたのが石山麗子 教授(国際医療福祉大学)である。2016年より厚生労働省専門官として議論をリードするとともに、退官後も研究者の立場から「ホワイトボックス型 AI を活用したケアプランの社会実装に係る調査研究(厚生労働省老人保健健康増進等事業)」実証研究委員会委員等を務めてきた。
 「介護業界におけるデジタライゼーションはもはや自明」と論じる一方で、介護支援専門員としての現場経験を持つ立場から「一抹の不安がよぎる」とも語る石山教授に、我が国の介護サービスのデジタル化を阻む要因を訊いた。
(聞き手は Rehapoli編集長、村田)

石山 麗子(いしやま れいこ)
国際医療福祉大学大学院 教授
武蔵野音楽大学音楽学部卒、国際医療福祉大学大学院博士課程修了(医療福祉学)。
知的障害児入所施設、障害者職業センター等の勤務を経て、
2001年に介護支援専門員の資格を取得。
2005年、東京海上日動ベターライフサービス株式会社に入社、
シニアケアマネジャーとして140名のケアマネジャーを統括。
その後、厚生労働省老健局振興課 介護支援専門官を経て、
2018年より国際医療福祉大学大学院 教授。
日本介護支援専門員協会 常任理事、日本ケアマネジメント学会 理事等を務める。

■ 日本初のケアプランAI開発を手掛けて - 厚生労働省専門官として

- 先生は早い段階から、ケアマネジメントにおけるデジタル活用の必要性について訴えてこられました。「デジタルが必要だ」とお感じになったきっかけを教えていただけますか。

 2016年に厚生労働省でケアプランAIの開発が始まりました。当時、私は介護支援専門官として省内にいて、日本の介護にAIを取り入れようという最初のプロジェクトを担当することになったのです。

- 開発ではコンセプトが非常に大切になります。どのような目的のプロジェクトだったのかお聞かせください。

 当時は「ケアマネの質が低い」とひどく批判を受けていた時期でしたから。そのため、「ケアマネジャーに代わるものとしての人工知能(AI)」をつくる、というのが当初の目的でした。
 この時期は非常につらかったですね。ケアマネジャーの資格を持つ専門官は、厚生労働省の中に私ひとりしかいない。違和感があっても、どうすれば良いのか分からないという状況でした。

- ケアマネジャーとして介護を支えてこられた先生にとっては、違和感を感じるプロジェクトだったのですね。

 そのような状況下で思い悩んでいたときに、医系技官の方がわざわざ私のところに来て、小声で「はっきり言わないとダメですよ」と励まして下さった。逆風の中だったため、とても心強かったです。
 それからは、「ケアマネに代わるAIではなく、ケアマネの業務をサポートするAIをつくるべき」と省内で主張し続けました。

- 「ケアマネジャーに代わるAI」ではなく、業務支援AIの重要性を主張された理由について教えてください。

 ケアマネジャーは相談援助職です。ケアプランについて、きちんと利用者に説明する必要があります。「AIが導きだしたケアプランだから」では説明にならない。なぜこのプランが望ましいと考えるのか、ということを説明する責任がある。相談援助のプロである以上、文章か、口頭かを問わず、理由を説明できないというのは致命的なのです。

- 具体的にはどのように改善を図ったのでしょうか。

 開発に際して、ブラックボックス型ではなく、ホワイトボックス型のAIを採用しました。「何となく良いケアプランが出てきた」ではなく、文章にできるレベルで、サービス利用者にも、他の専門職の皆さんにも、理由を説明できるものを目指したのです。

■ 介護DXの課題 - 共通の「理論」と「言語」なくして、DXなし

- 開発を行う上で、課題を感じた点を教えてください。

 共通の「理論」、共通の「言語」が確立されていなかったことです。

- ケアマネジメント職において皆が理解する「理論」と「言語」がなければ、AI化はできない、ということですね。

 医療のデジタル化が進みやすいのは、エビデンスベースの研究の蓄積がたくさんあるからです。何より、エビデンスを踏まえた「理論」と、明確に定義された「言語」が専門職の間で共有されています。

- 日本の介護は、共通の理論と言語が確立されていない。それが、DXを阻む要因になっているということでしょうか。

 今の状況だと、ケアマネジャーそれぞれに、使う言葉の意味合いやニュアンスが違ってしまいます。ここの部分の共通化をしないとDXは難しい。情報が来ても、その解釈の仕方がそれぞれのケアマネで違っていたら、AIを使った業務の効率化も難しいでしょう。

- 専門職としての理論と専門用語の整理が、AI開発の前提条件として必要であったということですね。厚生労働省のケアプランAI開発の一環として進められたのでしょうか。

 ケアプランAIの開発が進み始めた時期に「適切なケアマネジメント手法」の研究も始まったのです。
 当時、厚生労働省の幹部職員から「ケアプランの標準化はできますか?」と聞かれました。そのときに私は「できません」と答えました。ただ、「ケアマネジメントの標準化」ならできるかもしれない、と。

- 「適切なケアマネジメント手法」の研究目的は、ケアマネジメントの標準化、つまり用語をあらためて定義して、手法をモデル化する、ということにあったわけですね。

 標準化というのは、「知見の共有化」をする、ということです。標準化によって、体系化された、継承可能な知になるのです。
 標準化を通じて用語の定義を統一できれば、後進の育成にも活かすことができます。
 当時の「骨太の方針」では、介護の「標準化」「効率化」「質の向上」が謳われましたが、そもそも、標準化それ自体が効率化なのです。

- 同じ用語でも、専門職同士で捉え方、理解の仕方が異なってしまったら、ケアの調整も難しくなりそうですね。

 育成の現場でも、多職種のカンファレンスの場でも、共通した定義の用語が話されていて、お互いに体系化された知識を持っているからこそ、専門職の間での認識の齟齬を減らすことができるのです。予測も同じようなものになってきます。他の専門職が何気なく使っている用語を正確に理解して、「ここと、ここが繋がる話をしている」と理解することができる。このこと自体が効率化なのです。

- 昨今、国は介護サービスの「効率化」と同時に、「自立支援・重度化防止」にも力を入れていく姿勢を鮮明にしています。

 そもそも、「何を自分が分かっていないのか」ということを認識していないと質問すらできないでしょう。全てが漠然とした理解だと、何をどう質問したら良いかも分からないのです。
 だからこそ、最初の段階で体系化された方法論を頭に入れておくことが重要で、これによって予測をする力も上がるのです。
 ケアマネジャーが他の職種の言葉をより正確に理解できるようになり、予測する能力も上がれば、利用者の状況が急変するような事態を避けられるケースも増えると思います。まさに自立支援・重度化防止です。

- 「適切なケアマネジメント手法」の研究は、ケアマネジメントの標準化とAI開発を実現するためのベースを築きました。介護のDXを進める上で、重要な一歩だと思います。

 多職種のカンファレンスでICTを利用しても、そもそも共通言語がなければ、それは効率化には結びつきにくい。そういった問題意識でつくられたのが「適切なケアマネジメント手法」なのです。検討には医師会にも参加していただきました。2016年からAI開発を進めてきましたが、そこにも「適切なケアマネジメント手法」の研究成果が搭載される予定です。

「適切なケアマネジメント手法」作成の目的    
出典:令和2年度厚生労働省老人保健健康増進等事業
「『適切なケアマネジメント手法』の手引き」
令和3年3月

■  ケアマネジメントの理論と言語の共通化 - 「適切なケアマネジメント手法」は法定研修へ

- ケアマネジメント業務の理論と言語の共通化を目指した「適切なケアマネジメント手法」の研究ですが、この成果をどのように全国のケアマネに浸透させていくのでしょうか。

 「適切なケアマネジメント手法」は2024年から法定研修に入ることが決まりました。全てのケアマネが学習するものになります。
 アセスメントも、これを踏まえたものに改定されました。「手法は習ったけど、普段使うアセスメントシートは別物」では共通の手法が根付かないからです。市町村が行うケアプラン点検の項目も改定されました。

疾患別の標準的ケア項目 - 大腿部頸部骨折を例に
出典:令和2年度厚生労働省老人保健健康増進等事業
「『適切なケアマネジメント手法』の手引き」
令和3年3月

- 研修と実務を通じて、全国のケアマネジャー共通の言語と標準的な手法を確認していくことになりますね。

 来年から5年間かけて、すべてのケアマネに研修を受けていただくことになります。
 これまでは、それぞれの経験値や、先輩としての感覚で、若手のケアマネにアドバイスをしてきたと思うのですが、「これからは必ず『適切なケアマネジメント手法』を横に置いてください」と機会あるごとにお伝えしています。

- ケアプランにおけるリハビリ/機能訓練の扱いにも影響を与えそうな印象です。

 機能訓練に関しても、ケアマネに対しては「『適切なケアマネジメント手法』のここに該当します」といった流れでお話をいただけるとありがたいです。

- 日本医師会も「適切なケアマネジメント手法」に注目していると伺いました。

 日本医師会では医師向けの「適切なケアマネジメント手法」の検討が始まっています。今回の研究成果を評価していただいているのだと思います。
 今、「かかりつけ医」を制度化する動きが加速しています。だから、医師の先生方からも「治療」の観点ではなく、「生活」の観点で指針になるものが欲しい、という声が出始めています。疾患別に、生活面のケアで留意すべきことを体系的に整理したものが必要とされているのです。

■ 介護職こそ、ソフト開発に参画を - 技術先行のデジタル化を防ぐために

- ケアマネ業務におけるデジタル活用の現状については、どのように評価されておられますか。

 一般論で言えば、私自身も含めて、ケアマネジャーというのは業務のデジタル化にどちらかといえば慣れていない人たちだと思います。
 ただ、コロナの影響で「(遠隔/デジタルは)受け入れざるを得ないのだな」という社会的な合意ができてきたように感じてます。ケアマネ業界でも「絶対にイヤだ」という雰囲気から、Zoomを使って研修を行うところまで来ました。大きな変化だと思います。

- 介護分野で、より良いソフトウェアを生み出していくために重要な点というのはどのようなところにあるのでしょうか。

 ソフトウェア会社に任せきりにしないことが重要です。ベンダーの皆さんが、使う側を楽にすることだけを考えて開発したソフトは失敗すると思います。
 開発者とユーザーが一緒に相談をしながら、機能上の優先順位をしっかり考えつつ、完成したソフトやロボットが周囲にどのような影響を与えるのか、ということをしっかり考えることが大切です。

- ユーザー側の介護事業者やサービス利用者が深く関与した形での開発が求められます。

 DXに求める価値を、介護職員や介護事業者の側が、自分たちで考えないといけない時代だと思います。
 最初にケアプランAIの開発に関わったとき、強い違和感を感じたのは技術だけが走っていったことです。個人情報保護法が改正される前であったこともありますが、「誰にメリットをもたらすべきか」、「個人情報の保護はどうするのか」といったことが整理されないまま、研究が進められていました。

- 技術先行の開発になってしまうと、倫理上の問題を軽視するような環境を生みかねません。そのような懸念に対して、どのような対策を取られたのでしょうか。

 問題を感じていましたので、開発の過程で倫理審査委員会を設けることにしました。担当者として、このAIが「誰にメリットをもたらすのか」、「どのようなAIエンジンを選択すべきか」ということを考えないといけない。そのために工学系の研究者だけでなく、哲学を専門とするような先生にも議論に加わっていただきました。「なぜ哲学者を入れるのか」と鼻で笑う人もいましたが、私は重要なことだと思います。

■ 介護職とデジタルの距離を縮めるために - ベンダーはもっと「利用者の喜び」を伝えよう

- 介護職の皆さんに、よりデジタルのツールを活用していただくには、どのような情報を提供すべきなのでしょうか。

 多くのケアマネジャーは「利用者の意向」が最も重要だと考えています。ケアマネ以外の介護職もそうだと思いますが、科学的介護の流れの中で、エビデンスの重要性を認識してはいても、やはり利用者の喜びや思いの持つ価値が何より大きい世界です。

- ソフトウェア会社は民間の担い手として、介護業界にどのようなメッセージを送るべきだとお考えになりますか。

 ソフトウェア会社も、「いかに利用者が喜ぶか」といったエピソードを、もっと分かりやすく伝えた方が良いと思います。もっと写真や動画を使ったほうが良いと思います。「運営指導が楽になった」といった、介護職員が喜ぶようなエピソードでも良いでしょう。
 例えば、展示会のブースでは、定量的なエビデンスもさることながら、利用者や職員の喜びを画像やエピソードで伝えることが大切だと思います。「利用者も職員もハッピーになった」というメッセージをしっかりと伝えてもらいたいですね。

(編集協力=藤原昇平)

石山 麗子 国際医療福祉大学大学院 教授
村田 章吾 Rehapoli 編集長

慶應義塾大学法学部 卒
東京医科歯科大学大学院 修士課程修了(医療政策学)
大学院在学中、シンガポール国立大学、ハーバード公衆衛生大学院に留学
パブリックアフェアーズファームであるマカイラ株式会社を経て
2022年、株式会社Rehab for JAPANに入社
シンクタンク部門のオウンドメディア Rehapoli 編集長を務める
社会福祉士(東京社会福祉士会所属)

参考文献:


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